歯科治療において、「根管治療」や「歯の神経の保存」に関連する問題に直面することは珍しくありません。これらの治療を成功させるためには、適切な材料の選択が非常に重要です。歯科の分野では、日々新しい技術や材料が登場していますが、その中でも近年特に注目されているのが『MTAセメント』です。今回は、このMTAセメントがどのような材料であり、歯科治療にどのように役立つのかを詳しくご紹介します。
MTAセメントとは?
MTAセメント(Mineral Trioxide Aggregate)は、1990年代に開発された歯科用の特殊なセメントです。主に根管治療や外科的処置で使用され、その高い生体適合性と治療効果から、近年特に注目されています。日本では2007年に、直接覆髄剤として承認されています。
このセメントは、二酸化ビスマス・ケイ酸二カルシウム・ケイ酸三カルシウム・アルミン酸カルシウム・石膏といった成分で構成され、水分と反応して硬化します。これにより、根管内の湿気や出血がある状態でもしっかりと硬化し、封鎖性が維持されるため、治療において非常に優れた材料です。
MTAセメントの特徴
MTAセメントの主な特徴は以下の通りです。
高い生体親和性
MTAセメントは人体との親和性が高く、歯や歯肉に対して刺激が少ないです。これにより、治療後の炎症や合併症を防ぎ、歯髄(歯の神経)や周囲の組織を傷つけるリスクが低減されます。また、組織再生を促進する効果があり、傷んだ歯髄や骨を修復する力を持っています。
優れた封鎖性能
根管治療において最も重要なのは、根管内をしっかりと封鎖し、細菌の侵入を防ぐことです。MTAセメントはその封鎖性能が非常に高く、治療後の再感染リスクを大幅に軽減し、治療成功率を向上させます。
湿気耐性
通常のセメント材料は乾燥した環境でしか硬化しないことが多いですが、MTAセメントは湿気のある環境でもしっかり硬化するため、根管内や口腔内の湿潤環境での使用に適しています。
抗菌作用
MTAセメントは強アルカリ性(pH12)で、強力な殺菌力を持っています。そのため、感染した歯や細菌が多く存在する環境でも使用でき、細菌の増殖を抑制することが期待されます。
MTAセメントが使用されるケース
MTAセメントは様々な歯科治療で活用されていますが、特に次のような場面で効果を発揮します。
根管治療
歯の根っこの部分が感染し、細菌が入り込んでしまった場合、根管内を清掃した後にMTAセメントで封鎖します。その優れた封鎖性能により、細菌の再侵入を防ぎ、再感染のリスクを軽減します。
歯髄保存療法
虫歯が進行し、歯の神経が露出した場合、MTAセメントを直接神経に被せることで、歯髄の保存が可能になります。これにより、歯の寿命が延び、神経を守ることができます。
根尖部手術
歯根の先端に膿が溜まり、外科的処置が必要な場合、MTAセメントで根の先端部分を封鎖します。これにより、歯を保存し、抜歯のリスクを軽減できます。
穿孔修復
根管治療中に誤って根の内部に穴を開けてしまった場合、その穿孔部分をMTAセメントで修復することが可能です。MTAセメントはその修復性と封鎖性に優れており、歯の寿命を延ばすために非常に効果的です。
水酸化カルシウム製剤との比較
歯髄保護のために長年使用されてきた材料に『水酸化カルシウム製剤』があります。この製剤もMTAセメントと同様に抗菌作用や硬組織の形成を促進する効果がありますが、両者にはいくつかの重要な違いがあります。
硬化性と長期安定性
水酸化カルシウム製剤は硬化せず、水に溶けやすい性質を持っています。これにより、時間とともに成分が滲出し、長期的な封鎖には向かない場合があります。一方、MTAセメントは硬化後も安定した封鎖性能を持続し、長期間にわたって高い成功率を維持します。
成功率の比較
臨床データによると、MTAセメントは3年後でも80%以上の成功率を維持しているのに対し、水酸化カルシウム製剤は1年後には約75%と同等の成功率を示すものの、2年後には55%、3年後には45%程度まで低下することが報告されています。これは、MTAセメントの優れた封鎖性能と長期安定性によるものです。
また、水酸化カルシウム製剤は保険診療、MTAセメントは自費診療になっています。
まとめ
MTAセメントは、歯科治療、特に根管治療や歯髄保存、外科的処置において非常に重要な材料です。その高い生体親和性、優れた封鎖性能、湿気耐性により、複雑な症例でも歯を保存するための優れた選択肢となっています。
もし、根管治療や歯髄保存が必要な場合、MTAセメントを用いた治療を考慮することで、より良い結果が期待できるかもしれません。最新の材料や技術を活用し、歯の健康を長く保つことが大切です。
【参考文献】
・Treatment Outcome of Mineral Trioxide Aggregate: Direct Pulp Capping in Permanent Teeth(Mente J. et al., 2010)
・Direct Pulp Capping With Mineral Trioxide Aggregate: An Observational Study(Bogen G. et al., 2008)
・Vital Pulp Therapy in Vital Permanent Teeth with Cariously Exposed Pulp: A Systematic Review
(Aguilar P. and Linsuwanont P., 2011)
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